今日の続きへ向かって

浜崎あゆみさんの

SEASONSという歌で

ずっと心に残っている歌詞がある。

♪今日がとても楽しいと

 明日もきっと楽しくて

 そんな日々が続いてく

 そう思っていたあの頃♪


昔の私も正にそう思っていた。

無邪気に何の疑いもなく。


でも、今の私は違う。


大切な人の死や

震災などの経験を経て、

多少の覚悟は出来ている。


何があるかわからない。

だからこそ

日常への感謝を忘れずに

自分は暮らしている...


つもりだった。


でもまだまだそんな事

ちっとも出来てなかったみたい。

てんでダメだったみたい。


大好きなお店が

火事で焼けてしまった。


そのお店は入った瞬間にホッとして

お店を出る頃にはすっかり

心が整っている。そんな場所。


味はもちろん

お店の佇まいも素晴らしく、

江戸時代からの

歴史と品格があるのに

普段着でくつろげる優しい空気。


働く方々の笑顔や季節のしつらえ。

四季に合わせて掛け替えられる

壁の浮世絵。テーブルの花。

おかみさんの細やかな心配り。


何もかもが嬉しく

本当に頼りにしていて、

もはや日常の一部になっていた。


そんな大切なお店が

一夜にして

火事で全焼してしまいました。


その姿を目にした瞬間、

私は故郷が震災にあった時と同じに

泣き崩れてしまって

幼い頃から何も変わっていない自分と向き合う事になりました。


「今日がとても楽しいと

 明日もきっと楽しくて...」


笑いかけてくれた人や

自分を受け止めてくれた場所は

いつまでもそこに居てくれると

無意識に信じて疑わない

能天気な自分。


五十を過ぎてまだ

甘ったれ阿呆なままの自分。


情けない。


変わらぬものなどないのに。

覚悟して暮らさないと

いけないのに。


だけど、(それでも)と思う。


(今日の続きを無邪気に信じて何が悪い)とも思ってしまう。


永遠を手にする人間などいないのは

わかっている。


でもほんとにそうかな?って思う。


壊れても途切れても

何か明日へ繋がるものがあると

信じたい。


例えお店の姿形が無くなっても

お店の人達が創り上げた

あの空気は、

私の胸に消えずに残り続けている。


建物の殆どが

焼け落ちてしまったけれど

5時間にも渡る

懸命の消火活動のおかげか


見慣れた正面外壁は

かろうじて残り

お店の看板とお料理のサンプルが

燃えずにそこにありました。


私の嘆きを知っている人が


「1番の顔が残り

 お店の人も

 無事だったから

 その時を待とうね。」


とメールをくれました。


泣いてばかりいないで

気をしっかり持って

今日をきちんと暮らそう。


そして

自分に何か出来る事はないのか

探しながら、

その時を待ちたいと思いました。




この火事ではお隣の洋品店も

全焼してしまいました。

(このお店の方も

 避難出来たとの事。

 本当にほっとしました。)


私はこの洋品店の方と

お話しを交わした事があります。

店先のお花がとても綺麗で

立ち止まった事がきっかけでした。


「よかったら中でお茶でも...」と

柔らかな笑顔で誘って頂きました。


その時は

仕事に向かう途中だったので、

丁寧にお断りしましたが

(素敵な方だなぁ)

(素敵な通りだなぁ)と思いながら

歩きました。


盛岡本町通りは

古くからの歴史があり

様々に姿を変えて来た通りです。


それでも昔から、

住む人の優しさと気品は変わらず

この通りに生きています。


誰かと出会う度に

私はこの通りが

好きになって行くのです。



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