猫のしまが一日中
病院で点滴治療をしている間、
私は意味もなく家の中で
立ち働いている。
自分の感情から目を逸らす為の
家事という名の逃避の気がする。
冷静にしまのこれからの治療や
自宅でのケアの事を
考えるべきだと思い、
ノートにしまの家での状態や
お医者様への質問等をまとめる。
しまが病院にいる今のうちに
大きな音のする家事を
なるべく進めておいたりする。
手を止めると、ものすごい勢いで
不安がやって来てしまう。
注意深く息を整えても
やがて乱れて
涙が止まらなくなってしまう。
(しっかりしろ)
病院が大嫌いなしま。
もう何日も1日がかりの点滴。
今もきっと頑張っている。
泣きたいのはしまだ。
不安なのはしまだ。
辛くて苦しいのはしまだ。
しまの命にどう寄り添って行くのか
腹を据えて考えるべきだと思うのに
悪い未来のパターンばかり
1人で想像してぐるぐる歩き回り
そのうち床にへたり込んだ。
見上げた天井が歪んで
嗚咽が込み上げた時
言葉が浮かんで来た。
「自分に同情するな」
「自分に同情するのは
下劣な人間のやることだ」
これは小説
「ノルウェイの森」に出てくる
永沢という人のセリフ。
私は永沢という人間は嫌いだが、
このセリフは心に残った。
私のような甘ったれが
自己憐憫に流されそうな時に
叱ってくれるお守りの言葉。
自分の感情に溺れるのは
ただの自分本位なのだ。
相手への愛ではない。
自分以外のものを
きちんと愛しているならば
自分を憐れんで
感情に溺れている暇などないのだ。
「自分に同情するな」
「しまを見習え」
「今日と明日とこれからを
しっかり考えろ」
「病気と闘うしまを支えるんだ」
冷静に行動出来る方向へ
心の舵をきる為に
この言葉はこれからも
胸に浮かんで来る気がする。
12月4日の13時
病院の先生方がしまの命を守ろうと
必死に頑張って下さる中で
しまは静かに息を引き取りました。
最後までかっこよかったです。
何度でも何度でも
(またこの家に戻って来たい)と
しまに思ってもらいたい。
だからちゃんと楽しい家にして
これからも暮らそうと思います。
今は涙でぐじゃぐじゃだけど。
しまに笑われないように
これから頑張らなきゃと
思って、思って、今は
ぐじゃぐじゃになっています。
12月5日 雪の朝 火葬の日
東雲の光が来ていました。
12月5日は12才になるはずでした。
9年前、石巻から盛岡まで
やって来たしま。
本当の誕生日がわからなかったので
盛岡に来た日を
誕生日にさせてもらいました。
しま。
しまありがとう。
今度はもっともっともっともっと
一緒にいようよ。
ずっとずっとよ。
ずーっとよ。
しまちゃんが、大好きよ。
