診察台で幸せ

インフルエンザを振り返って思う。

高熱とは人生棚卸しなのかと。

 

熱で炙り出される

あれやこれや。

 

まず、身体。

 

普段は騙し騙し

いなして来た腰の痛み。

子供の頃から弱い喉の痛み。

なりがちな肺炎への不安。

 

それらがどーんとやって来て

あらためて自分の弱点を自覚し、

身体の悲鳴を聞く。

 

そして心の方も厄介だ。

高熱の中で見る夢は

ぶつ切れでありながら

妙に核心をついた

悲しく不安な夢ばかり。

 

嘘をつく夢。

会えなくなった人。

大切な約束に

どうしても間に合わない夢。

 

寝覚めに泣いてる事も

一度や二度じゃない。

 

ただでさえ熱でヘトヘトなのに。

勘弁して欲しい。

 

そんな、心も身体も

あちこちガクガクのまま

何とかインフルエンザが

通り過ぎてくれたので

 

今度は悪化して来た

ばね指の事を片付けようと

医大で手術の予約をして

とりあえず安心しようとしていた。

 

そしたら今度は夜も眠れない歯痛が

やって来た。

 

幸い信頼出来る歯医者さんが

いるので、相談したらすぐに

対応してくれた。

 

以前、治療していた歯が

不具合を起こし始めたみたい。

 

私は自慢じゃないが

歯は丈夫な方だ。

だからあまり歯医者さんに

なじみがなくて

治療の経験も少ない。

 

この歯医者さんでは

親知らずを3回抜いているが

腕はもちろん先生の人柄が抜群で

全く恐怖感を感じた事がない。

 

それでも今回は

病み上がりで気が弱っていたのか

初めて私は(なんか怖い)と

感じていた。

 

いつものように丁寧な説明の後

治療が始まった。

 

麻酔の後、ガリガリと

歯に埋めてた金属と詰め物を

取り出して行く。

 

(我慢出来ない痛みが突然

襲って来る事は本当にないのか?)

 

どんなにしっかり説明を聞いても

その治療が

初めて受けるものだったら

不安に震えるのは

あたりまえだと思う。

 

ガリガリされながら

やっぱり怖くなって来た。

 

どうしよう。

 

産婦人科でもそうだが

不安な時ほど

体の力を出来るだけ抜いた方が

いざという時の苦痛は少ない。

 

思い切って、

体の力をすっかり抜いてみた。

 

すると急に

(しまもつらかったんだもんな)

と思った。

 

亡くなる前、猫のしまは病院で

言葉の通じない人間達に囲まれて、

次に何をされるのかもわからなくて

ただ身を預けるしかなくて、

それでも頑張って治療してくれて...

 

(しまもつらかったんだもんな)

 

そう思ったら恐怖感は消えて

しまに寄り添いたい気持ちだけが

やって来た。

 

最後の日々、診察台の上で

治療を受けていたしまと、

どこまでも重なりたいと思った。

 

体を投げ出して

その事だけ考えていると

ほんの少しだけ

しまの気持ちになれた気がした。

 

(私は今、しまと一緒だ)

 

そう思えた。

 

(しま、しま。)

(つらかったね。)

(怖かったね。)

 

(しま、これからも教えて欲しい。

どんな気持ちだったのか。)

 

(お母さん

しまの気持ちを

少しずつ辿っていくから。)

 

歯医者さんで大口を開けて

ガリガリされながら

(しまと一緒)と思って

幸せで涙が滲んで来た。

 

こんな幸せがあるとは

思ってもみなかった。

実家の茶の間では、

みんなの食卓とは別に

父の為の椅子とテーブルがあった。

そこで父は、本を読んだり

日々のメモを取ったりと

くつろいでいた。

 

父が亡くなってまだ日も浅い頃

そのテーブルの脇に吊るされている

テッシュボックスが

片手では取りにくいのが気になって

場所を移そうとしたら

母に止められた。

 

「お父さんが使っていた物だから」と。

 

私ははっとして母に詫びた。

父の座っていた場所のあれこれを

簡単には変えられない気持ち。

 

しまが愛用していた

クッションを見ながら

あの時の母の気持ちを考えている。