泣く時間を

ばね指の手術の為

術後10日間ほど

仕事を休ませて頂いた。

ありがたかった。

 

おかげ様でその間

ずーっと家に居る事が出来た。

 

強制される時間を持たない日々。

2日、3日と続くうち

身体の芯にあった緊張が抜けた。

 

すると急に時間の流れが変わった。

 

家の中であれこれ気になっていた

やりたい事を

自分のペースで進めては

ぼーっとして休む。

 

絵を描く。

次の一手を打つまで画面を見つめ

絵の具が乾くのを

そのままぼーっとして待つ。

 

時間は贅沢に

私に寄り添ってくれるように

流れた。

 

そのうちほろほろと

一日中何度も

逝ってしまった猫のしまの姿が

胸に立ち上がって来る。

 

楽しかった事。

嬉しかった瞬間。

後に後悔に繋がる時。

あたりまえに受け取っていた

幸せのあれこれ。

 

この休みの日々の中、

胸に浮かぶしまの姿と

ゆっくり向かい合って

私はよく泣いた。

 

しまの姿が無くなった

部屋のあちこちを見据えながら。

お骨を抱きながら。

本当によく泣いた。

 

ひとりでゆっくり家に居るから

出来た事だった。

この時間を持てた事が

ありがたかった。

 

指の不調も手術もこの時間も

何かに救われて訪れたように

思えてならない。

 

(守られて生きている)と

あらためて思った。

3年前 2023年 12月のしま。

しま何見てんの?
こっち向いて。

帰っておいで。