菜の花の手

友情の始まりは地震の直後から。


怖くて咄嗟に

建物から飛び出した時に

目が合った。

お互い自然と近づいて

震える両手を握り合い

短い言葉で励まし合った。


あれから15年。

彼女は今も私の大切な友達だ。


だけど毎日

メールのやり取りをしたり

頻繁に一緒に出かける様な

つきあいはしていない。


そもそも、うっかりもので

時間の使い方が下手くそな私は

マメなやり取りを土台にした

お付き合いは無理なのだ。


そのせいで今まで

(仲良くしましょう!)と

打ち解けてくれた人が

去って行った事は数知れず。


私があまりに無沙汰を重ねるので

信じて好意を持ってくれた分だけ

傷つけてしまったのだと思う。


私の方は、勝手にいつまでも

大切な友達だと思っていて、

眠れない夜には

(あの人と出会えた。)

(あの人もこの世にいる。)

なんて顔を思い浮かべて

安心と感謝で

眠りについたりしている。


それなのに当の本人に

寂しい思いをさせている事には

鈍感だったのだ。


本当に申し訳ないが

私はなかなか自分を変えられない。

60歳も目前にして

自分をガラッと

変えられる人がいるなら

拍手喝采して尊敬するが

私にはかなり

難しいハードルかもしれない。


そんな私を友達だと

思ってくれる人は

本当に限られた方々だけだ。

嬉しい。ありがたい。

頼むから見捨てないで欲しい。


彼女はその貴重な1人。


主なつながりは

もっぱらたまにするメールのみだ。


だけどお互い、そのメールには

正直な気持ちが詰まっている。

顔を合わせれば

心からの笑みがこぼれる。


ある日歩いていた住宅地の道端で

唐突に菜の花畑が現れた。

パッと自分の目が開くように

感じた。


菜の花が揺れるのを見るうちに

彼女の顔が浮かんで来た。

 

菜の花を見た時に感じた

嬉しさと親しさが

彼女の笑顔や手の温かさを

思い起こさせたのだ。

 

以来、菜の花は私の中で

彼女のイメージとなって

揺れている。